2012年01月24日

野田聖子は人間の屑だ。生殖ビジネスの闇!

政治家 野田聖子(島聖子)は人間の屑だ。この前のTVでそう確信した。彼女のした神への冒涜は
絶対に許されない。下記の文章を引用する。

生殖ビジネスの光と影

今年のノーベル賞は、二年ぶりに日本人二人が化学賞を受賞し、久々に明るい話題をもたらしてくれた。その一方で、医学生理学賞を受賞した英国人博士に世界中の注目が集まっていることを、見過ごすわけにはいかない。博士の名は、ケンブリッジ大学名誉教授の生理学者ロバート・エドワーズ氏。受賞理由は「体外受精技術の開発」である。

氏が一九七八年に産婦人科医のパトリック・ステプトー医師(八八年他界)と連携し、世界初の体外受精児ルイーズ・ブラウンさんを誕生させたときも、世界中のメディアのヘッドラインを飾った。医療の歴史で、体外受精(IVF)の技術はまさに生殖革命と言っても過言ではない。それ以来、体外受精で生まれた子どもは世界中で四百万人以上にもなる。

だが、「体外受精技術の開発」は、果たしてノーベル賞にふさわしい、人類に福音をもたらした功績と言えるだろうか。

かれこれ十年ほど前のことだが、エドワーズ氏が来日した際、私は、以前に卵子バンクについてインタビュー取材したことのあるマーク・タッカー博士の紹介で、三人で会食をしたことがぁる。そのときエドワーズ氏は「子どもは何よりも特別だ」と言いながらも、生命操作の将来を危倶していた。実は、その危惧が現実になっているのだ。

人工授精は、IVFよりもはるか以前の十九世紀後半には行われていた。人工授精は精子を子宮に注入するやり方だが、夫の精子に問題があるとか、無精子症だった場合、妻の子宮に第三者の精子を注入するというAID(非配偶者間人工授精)を使うこともある。日本では一九四八年から行われているが、これもIVFと同様、必ずしも福音をもたらしているとは言えない。それどころか、この手法で生まれてきた多くの人に精神的苦痛を与えている面もある。

ニーチェの名言の中に、こんな箴言がある。
Hope in reality is the worst of all evils, because it prolongs the torments of man.(現実における希望はあらゆる悪の中でもっとも悪い。それは人間の苦しみを長引かせるからだ)

IVF技術がない時代は、不妊と診断された時点で潔くあきらめることができた夫婦も、今や、不妊の標準治療となったIVFがあるため、不妊と診断された瞬間から茨の道が始まる。IVFという希望″がまさに苦しみの始まりになったと、言えなくもないのだ。


大人の視点=親のエゴ

今年八月、国会議員の野田聖子氏がアメリカで卵子を高額で購入し、事実婚の相手の精子と体外受精で妊娠したことを明らかにした。それがまるで「吉事」であるかのように報じられることが多いが、問題の根は深く、その根の深い部分に焦点を当てる報道は少ない。何より野田氏自身が、生まれてくる子供の福祉(利益)についてどれだけ考えているのか。十月十一日付の毎日新聞に掲載されたインタビュー記事の中で、野田氏は次のように答えている。

記者 もし子どもが自分の遺伝上の母親、つまり卵子提供者に会いたいと言ったらどうされますか。

野田 会えないよ、それが約束だと小さいころから言い聞かせるしかない。誰よりも望まれてきた子だから堂々としてくれ、私を信じてくれ、と。子の出自を知る権利で問題が起きるのは、ずっと親に隠されていた結果、親の子でなかったと知り混乱するからではないか。(後略)

記者 子どもの出自を知る権利について、法律などでルールを決めた方がよいと思いますか。

野田 基本的に親が決めるべきで、子どもの福祉を第三者がとやかく言うべきではない。その家の幸せ、その家の価値観がある。

九月二十九日放送のNHK番組「あさイチ」で「アラフオー出産」の特集があった際も、出演した野田氏は子供の出自について、「言われなかったがゆえの不安だと思うんですよね」 と主張した。「物心ついたときから、母はあなたを欲しかったけれどできなかったのを助けてくれた人がいる。それで今あなたがいる。誰よりも愛している。いかに愛されて望まれて産まれてきたかを夫婦で言い続けようと決めている」と。それに対しゲストで作家の室井佑月氏は「こんなに望まれているからその子は幸せです」と相づちを打ち、野田氏が卵子を買うのに五百万円を支払ったことに対しても、「保険で日本国内でできるように野田さんにはがんばってもらいたい」と激励した。
だが、毎日新聞の記事でもNHKの番組でも、野田氏の発言は「大人の視点」からのものばかりであり、「果たして子供はどう考えるだろうか」という配慮は見られない。右のNHK番組にゲスト出演した日赤医療センターの笠井靖代医師は、野田氏の妊娠について、顔を少しこわばらせながら、こうコメントする。
「子供が複雑な状況で生まれてくることについて、どれくらいケアができるのかということを考えてほしい」


AIDの子供たち

野田氏も室井氏も、AIDで生まれた子供の声を聞いたことがないのだろう。いくら小さいときから出生の真実を教えてもらっても、子供からみると自分のアイデンティティの半分が空白であるという状態は変わらない。いくら愛情を注がれても、アイデンティティの空白が埋まるものではないのだ。

この春、ニューヨークに本部があるInstitute for American Valuesが発表した調査報告書『My daddy's name is DONOR』(父の名は「提供者」)の中で、AIDで生まれた人のうち六五%が「私のアイデンティティの半分は私の精子提供者である」とし、半数の人が「私を産むのにお金が交わされたこと(精子の売買)が気に障る」と考えていることが分かった。これは、卵子提供の場合にも当てはまると考えてもいいだろう。

今回、私がインタビューした三人も、アイデンティティの空白に苦しんでいた。一人はアメリカ人女性で、五歳のときに自分がAIDで生まれたことを知らされた。一人はイギリス人男性で二十一歳のとき、もう一人のイギリス人女性は四十一歳のときに真実を知った。彼らの話を聞けば聞くほど、「あなたは欲されて生まれてきたのだから、幸せなはずだ」という野田氏や室井氏の考えが、いかに現実離れした理想論であるかと思わざるを得ない。それは、大人のエゴであると言っても過言ではないだろう。三人の言葉は、生殖補助医療の影の部分を浮き彫りにする。以下、虚心坦懐になって、その言葉に耳を傾けてほしい。

●アラーナのケース −「時々嘘をつきました」

アメリカ人のアラーナ・スチュワートさん(二十四歳)が、自分がAIDで生まれたことを知ったのは五歳のときだった。その二年後、彼女が七歳のときに両親は離婚した。「asymmetric parenting(非対称的な親業)が離婚の原因になったことは確かだと思います。つまり父親が私と生物学的につながっていなくて、母親だけがつながっていることが常に緊張感を生じさせ、それが離婚につながったと思います」

五歳のときにAIDで生まれたことを教えられたが、それが意味することがわかるのはもう少し年齢が上になってからだ。家族の中だけで生活している間は、ほとんどその意味の深刻さはわからなかったという。

「少し大きくなると友達の家に泊まりに行って自己紹介の機会が増えます。そのときに最初に家族の話になるのは普通です。お互いを知るために、家族や祖父母の話になりますが、私の父親のことは精子提供者であって、それ以上のことはわかりません。だからときどき嘘をつくこともありました」

嘘は続かないから、結局、父親は精子提供者であると告白する。
「私たちの文化では、精子提供者と言われた場合、reference point(基準点)がないので、周囲の友達を不快にさせ、そこで会話は突然終わります。でももし父親は亡くなったと嘘をつけば、みんな同情してくれるので、ときどき嘘をついていました」

高校のとき、みんながシェークスピアの勉強をしているときでもアラーナは勉強どころではなかった。
「十四、十五、十六歳という思春期には、まったく勉強に集中できず、セラピストにAIDで生まれたことを告白しました。すると勉強に集中できないのは『あなたが自分のアイデンティティがわからないから』と指摘されました」

アイデンティティの半分が空白状態という苦痛と、子供ができない不妊夫婦の苦痛とを比べることはできないが、不妊夫婦の場合、子供ができた段階で目的を達成することができる。しかし、生まれた子供はアイデンティティが満たされないまま生き続けなければならない。
「ボーイフレンドができると、だいたい一カ月後に自分がAIDで生まれたことを告白します。隠すことに罪悪感があるからです。そうすると、そのボーイフレンドは静かに去っていきます」

母親は、自分がAIDで生まれたことをそれほど大したことではない(no big deal)と思っているという。
「母親とはAIDについて話したことがありません。母親は私がAIDで生まれたことで悲しんでいることを受け入れる余裕はありません。親にすれば人生の一大決心に違いなかったけれども、どうして自分のアイデンティティの半分がわからない状態に、意図的に子供を置くことができるのかわかりません」

「私と同じAIDで生まれた人たちの多くとインターネットを通して仲間になりましたが、彼らは私と違って、ある程度年を取ってから出生の真実を知らされました。その瞬間、何もかも手につかなくなり、家族全体がhuge melt down(大融解)したといいます」

アラーナは、いかなる形の配偶子の提供にも反対する。たとえ提供がなされたとしても匿名性に反対する。「匿名は、子供からみると大きな問題が生じます。匿名での提供となると家族全体がバラバラになります。カップルが不妊に直面したとき、養子やfoster care(里親=養い親=制度。公的機関が紹介や運営をする、孤児や棄児を養育する制度で、児童養護施設や個人の家庭などが使われる)があります。他の子供を救済するいろいろな方法があるのに、そういうことはしたくないと言って、提供配偶子に頼ることは、生まれてきた子供をとてつもなく傷つけるのです」

確かに、半分でも夫婦の血がつながった子供をもうけたいという本能に近い欲望があることを私は否定しない。しかし、そういう親の自己決定権や幸福追求権が、生まれてくる子供が抱くであろう感情よりも優先されるとは思わない。自分の半分が誰なのかを知りたい気持ちは、精神的な安定には必要不可欠ではなかろうか。

●トムのケース −「子供を持つ権利ない」

イギリス人のトム・エリス(二十七歳)は、二十一歳のときにAIDで生まれたことを告知された。家族の関係がおかしくなり、家族全員がセラピストに診てもらっているときだった。そのセラピーの途中で、トムの出生の真実を最初にセラピストに伝えたのは、母親だった。

「母親は、そのことが少しはセラピーに役に立つかもしれないという程度の情報としてセラピストに伝えただけです」
母親はセラピストに伝えると同時に、本人にも伝えた方がいいと思い、事実そうした。父親はずっと秘密にしたかったが、母親は彼の同意を取らなかった。

最初に言われたとき、トムはどう反応したらいいかわからなかった。その深刻さがわからなかったのだ。しかし今は、母親に対する怒りを収められないでいる。

「母は、自分がやったことが私を相当傷つけたことはある程度受け入れたが、それは非常に表面的なものだ。母はそれ以上のことを理解したくないと思っている。そこで線引きをして『もうわかった。私は間違ったことをしたことを認めるから、もうそのことは忘れよう。これ以上考えるのはやめよう』と私に言った」

トムは母親にshut up"と言われた気持ちだという。だから怒りは増す一方なのだ。どんな形にせよ、配偶子提供で生まれた子供は、その生物学上の父親や母親が誰であるかを知る権利があるとトムは言う。
「もしも自分の出自を知る能力を子供に与えないのならば、新しい生命の創造にかかわらない責任が人間にはある。私はすべての人に子供を持つ権利があるとは思わない。もしも夫婦が不妊であるとか、パートナーがいないとか、一緒に子供を作ることができない同性結婚の場合、第三者を介してまで子供を作る権利はない。それはまさに生まれてくる子供の権利を侵しているからだ」

日本の国会議員が卵子提供で妊娠していることについて、トムは言う。
「子供を持つ権利があるとは思わない。卵子を提供する側と受け入れる側の同意の問題ではない。生まれてくる子供は同意するはずだという前提で実行することは無効だ。その子供の人生が、親が取った行為で著しく侵害されるからだ」と。

●クリスティーンのケース −「まるでモルモット・・・⊥

クリスティーン・ウィップさん(五十五歳)が、自分がAIDで生まれたことを知ったのは四十一歳のときだった。social father(社会上の父親)と呼ぶ育ての父親は、彼女が六歳のときに病気で亡くなった。その後母親は再婚したが、その父親は自分がAIDで生まれたことを知らなかったと確信する。

子供のときから何か変だと思ったのは、母親は手紙をそれほど頻繁に書く人ではなかったのに、定期的にクリスティーンの写真を撮って、長い手紙とともに投函していたからだと言う。母親はクリニックに、クリスティーンの成長ぶりを報告していたのだ。

「まるで自分がプライベート実験のモルモットのように感じました。私は大学に行かなかったし、大したことをしていないので、母にとっては大きな失望だったと思います」

決定的におかしいと思ったのは、生物の時間で遺伝を習ったときだった。育ての父親は髪の色が黒く、目は茶色。母親は金髪で目は育かった。遺伝の授業で習ったのは、茶色の目が優性遺伝子ということだった。クリスティーンは目が青かったので、ひょっとして育ての父親は本当の父ではないと思うようになった。しかし、そう考えること自体、不快な気持ちになるので、すぐに打ち消した。ある日そのことで、母親に問いただしたこともあるが「あなたにはまだ言えない秘密がある」と言われただけだった。

四十一歳になったとき、母親から突然手紙が来た。そこには「私はクリニックに行って、他人の精子を提供してもらった」と書かれていた。それ以来母親とは会っていない。「精子を提供してもらうというのはおかしいです。お互いに会わないで、握手もしないで、何もしないで、精子だけをもらうのですよ。たとえ精子提供を使ったとしても、それを子供に隠すのは絶対に許せません」

クリスティーンはまた、「欲されてこの世に生を授かったのだから、感謝すべきである」 という意見に対し、こう答える。
「非常に汚い言葉を使って反論することもできますが、丁寧に言うと私には感謝の気持ちはまったくありません。父親、祖父母、その親戚たちとの関係を持つ機会を失って、どうして感謝する気持ちがわいてくるのでしょう。誰がそういう機会を奪われて感謝する気持ちが出てくるというのでしょうか。もし子供が普通に生まれて、生まれる直前に父親が死亡すれば、みんなそれは悲劇だと言いますが、私の場合は悲劇ではないのでしょうか」

取材した三人とも、空白の半分を埋めるためには出自を知る権利が法律上認められるべきだと異口同音に言う。


壮大な社会的実験の犠牲者

今まで不妊治療といえば、もっぱら不妊夫婦の苦悩に焦点が当てられ、生まれてくる子供の視点が欠如していた。幸福追求権とか自己決定権とかいう響きのいい言葉で不妊夫婦の権利だけが強調され、生まれてくる子供の権利はほとんど語られなかった。私が昨年上梓した『代理出産−生殖ビジネスと命の尊厳』(集英社)に登場するマーケル家も、人工授精型代理出産と体外受精型代理出産で三人の子供をもうけたが、決して幸福な家庭には見えなかった。特に子どもたちの思春期の葛藤は、母親でも想像できなかっただろう。

AIDで生まれた人は、親の離婚のような家庭内での重大事のときに出生の真実を知らされることが多い。とくに日本の場合、今も精子提供は匿名が条件で、しかも親は真実を子供に知らせたがらない。海外でも、最近は出自を知る権利が法律で認められつつあるが、以前は匿名による提供であった。

しかし、大人は隠しているつもりであっても、子供からみれば、家族内に何となく漂う緊張感や違和感から、ずっと「何か変だ」と感じている。そして、とうとう出生の真実が知らされたとき、当事者はどんな気持ちになるのか、その後の人生に及ぼすであろう影響や禍根がどれほどのものであるかは、つい最近になるまで明らかにならなかった。いや、明らかになっても、広く知られるようになったとは言えず、相変わらず「大人の視点(親のエゴ)」から語られることが多い。

生殖補助医療というのは、子供が生まれればそれで目的達成ということではない。その子供が大人になるまでの成長の過程も考えなければならない。歴史の浅い現時点では不確実性要素があまりにも多い、壮大なsocial experiment(社会的実験) でもある。

この生殖医療にもグローバリゼーションの波が押し寄せていることを考えると、私は不快な気持ちになる。第三者を介する生殖医療で、他人の女性をリスクにさらす代理出産の場合、インドでは世界中から注文を取り、そのビジネスは年間五億ドルにものぼる。卵子提供や精子提供など配偶子を提供する場合でも、例えばデンマークにあるクリオスという精子バンクはその精子のうち三分の二は海外に送っているという。

生殖医療に携わる医師たちの責任は重い。というのも、人類の長い歴史のずっと先の将来に何が起こるかわからないまま、治療″という名の下に、患者のエゴイズムを際限なく拡大させているからだ。あまりにもエゴな生命操作をしていると、遠い将来、自然から思わぬ復讐を受けることになり、挙句の果ては、人類は自滅に向かうのではないかと考え込んでしまう。

クリスティーンは最後にこう言った。
Why should the pain of childlessness of one generation take precedence over the needs and natural rights of the next?
(二つの世代の、子供ができない苦痛が、一体どうして次の世代のニーズと自然権に優先するのか)

この言葉の意味を深くかみしめる必要があるのは、第三者を介する生殖医療に頼る夫婦だけではなく、医師たちも、そして私たち一人一人でもあるのだ。

引用終わり

酷すぎる、やはり自分達夫婦の体外受精までとすべき。それ以外は子供を不幸にする。
親のエゴでは???野田聖子は人類の敵、屑だと思う。捨てられた子供を養育すべきだ。
アンジェリーナジョリーのように・・。
posted by Take at 16:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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